(17号掲載)
世界はトランプ大統領でとんでもないことになっている。今回はいつものコラムを巻頭コラムとして掲載したいと思う。
二期目のトランプ政権はたったの2か月で世界中に衝撃を与えている。最大の友好国であるカナダのトルドー首相に対して「Governor(知事)」と呼び、カナダをアメリカの51番目の州にしたいと発言し、容赦なくメキシコと合わせて関税をかけた。関税については、結局のところはアメリカ国民がその分を支払うことになるはずだが、そんなことは関係ない。政策の実質的な効果よりも、象徴的なメッセージやイメージが周りに伝わればそれでいい「シンボルの政治」そのものだ。
さらには大統領執務室でゼレンスキーと口喧嘩をして、「和平への準備ができれば、ここに戻ってくることができる」とSNSで投稿。この事件は現在も世界中で議論を呼んでいる。ウクライナでの戦争について、トランプ、ゼレンスキーどちらの考えが正しいのかを判断する立場にはないので、これについてはこれ以上語らないが、一つだけ間違いないことは、トランプ政権は一期目と二期目ではぜんぜん違うということだ。一期目は政権がはじまった1年間で16%の公約しか実現できなかったと言われているが、二期目のトランプはこれまでの世界秩序も同盟関係も関係ない。やると言えばやるということだ。
多くの人たちは、彼を差別主義者で、政治を知らない非常識な人間なのにSNSの力でたまたまアメリカ大統領になってしまったかのように思っているが、現実はそんな単純なものではない。会田弘継氏の「それでもなぜ、トランプは支持されるのか」を読むと、アメリカ人の多くが絶望していることがわかる。その絶望とはなにか。それは「疎外、移民問題、格差、貧困」だろう。
移民の問題は日本人が考えるよりもずっと深刻な問題となっている。アメリカの不法移民は1000万人を超えるといわれており、彼らが(不法なので)最低賃金を下回る労働環境で働くことで、多くの労働者が割を食っている。それと同時に経営者たちは恩恵に預かっている。アメリカはここ40年で上位1%の人たちは所得を3倍に増やしているが、下位50%つまり国民の半分はまったく所得が増えていない。これらの苦しみを特に「ミドル・アメリカン・ラディカルズ (MARS)」と呼ぶ白人下層中産階級が受けている。彼らは有権者の4分の1を占めるが、政治は一部のエリート達が動かしていて、自分たちの声は届かず疎外されていると感じている。トランプ支持者には陰謀論者が多いと言われているが、このような状況に置かれていると、世界秩序を裏で操っているDS(裏の政府)を信じてしまうのも理解できる。彼らは陰謀論にはまり、自分たちがおかれた状況に絶望して、自殺、薬物、アルコールで死んでいくのだ。医療が発達している現代において、信じがたいことだがアメリカの白人労働者だけが、寿命が縮んでいることが発見された、これを「絶望死」という。
格差の問題はほかにもある。2020年の大統領選でバイデンに投票した520群はアメリカのGDPの71%を持っていた。つまり民主党は、これらの問題にまったく手を付けずに移民政策をすすめ、熱心に取り組むのはジェンダーバランスや環境問題などで、自分たちが住むところは経済的にも発展していたのだ。その結果、貧困に苦しむ土地に住む人々がトランプに投票した。
さらに会田氏の本によると、トランプの登場が局所的な特異点ではなく、アメリカの思想史、政治史において、歴史的な展開の結果であることがわかる。
トランプ大統領が初当選した2016年2月初めに立ち上がったサイトがある。トランプの政策を思想の面でサポートする論文を複数の人たちがペンネームで数々アップして、たったの4か月で忽然と消えた「ジャーナル・オブ・アメリカン・グレイトネス」 (通称 JAG) である。ここの第一号論文で書かれていたのは、トランプ現象において、ジェームズ・バーナムとサミュエル・フランシスというすでに亡くなっている二人の思想家の重要性だ。
サミュエル・フランシスは、アメリカ保守の最右翼にいて1990年代半ばに「白人民族主義者」のレッテルを貼られて保守主流派から放逐される。そんな彼が、今日のトランプ現象を作ったと言われている。その理由は2000年の大統領予備選挙にあると言われているが、ここでフランシスはブキャナンという候補者をサポートしていた。ブキャナンは予備選挙で何を訴えたのか。彼が訴えたのは、グローバリゼーションで生き残るエリート達がアメリカ経済を破綻させ、民衆を貧困に追いやり、アメリカの国益も主権も無視している。それに対抗するために「これまでの保守」を名乗る必要はないとして、「愛国者、ナショナリスト、アメリカ第一主義者(America Firster) 」を訴えた。
どうだろうか。トランプが言っていることそのままである。さらに驚くべきことにその2000年の予備選でブキャナンの対抗馬として戦ったのがトランプである。当時の選挙戦では口汚くブキャナンを攻撃したが、2016年の大統領選に出馬する前に謝罪し、教えを乞うたと言われている。
アメリカだけではない。ここ数年、欧州では極右政党と言われる新しい政党が台頭してきた。各国の極右政党の主張は「EU体制に懐疑的、自国第一主義、反移民、反難民、反イスラム、反気候変動対策、ウクライナ支援に消極的」である。もうわかったと思うが、トランプの政策と瓜二つなのだ。
以上のように、トランプの動きは少なくとも数十年にわたってアメリカと世界でおきたことの帰結だと言える。それはつまり、トランプ個人が急病や暗殺でいなくなったとしても、「疎外、移民問題、格差、貧困」に対しての根本的な手当てをしない限り問題は解決はしないということだ。
そして、もしそれが手当てできたとしても多くの混乱と膨大な時間が必要だろう。世界で最も格差が縮まったのは第二次世界大戦のときと言われているように、取り返しのつかないダメージを世界に与えることになるのかもしれない。もちろん、未来のことは誰にもわからないが、日本も確実に大きな影響を受けることになるだろう。これが真の意味で戦後レジームからの脱却なのかもしれない。この言葉を使っていた安倍元首相は、まともなアメリカからの要望に対して、日本はそれに応えていくことが戦後レジームからの脱却だとうたっていた。しかし、真の意味での戦後レジームからの脱却は、安倍さんが信じたアメリカがいなくなって実現することになるとは、なんとも皮肉なことだと思うのは僕だけだろうか。
文・土屋耕二
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