私は鹿屋市在住の東京の会社に勤めているフルリモートの会社員である。東京にはいろいろな人がいるという前回の続きをお伝えしたい。私は昨年の5月まで約10年間東京で暮らしていたから、都会の人にはそんなに驚かない自信がある。電車の中で歌う人がいても、頭にまで入れ墨が入っている人と出くわしても、芸能人に会ってもそんなに驚かない。そんな私であるのに、最近出会ったおばあさんにはたいそう衝撃を受けたのだ。

 昨年、東京出張をしたときのことだ。JR蒲田駅周辺から鹿屋へ帰るため羽田空港に向かおうとしていた。JR蒲田駅と羽田空港は直線距離では近いのであるが、直通の電車が通っていない。だから、普段は電車ばかり利用している私であるが、珍しく羽田空港行の直行バスに乗り込むことにしたのだ。
 バスはたいそう混んでいたが、おばあさんが「私の隣へどうぞ」と親切に案内してくれたので、そのお言葉に甘えることにした。おばあさんは、しっかりと化粧をして、色鮮やかな帽子をかぶって、マニキュアをしている。我が身を振り返って恥ずかしくなるぐらい、お洒落で上品な方だった。都会では、公共交通機関に乗っていても、知らない人がお話をしてくださるのはとても稀というか、ほぼ無いのであるが、そのおばあさんはよくお話をしてくださる方だった。知らない人と話すという都会では珍しいイベントを楽しもう、私はその時そう思ったのだ。

 おばあさんが羽田空港に向かっているのは、ボーイフレンドと会う約束があるからと開口一番に言ってきた。そして年齢は83歳だとも。私は「うわー、今日は面白い話を聞けそうだなー、わくわくするな‼」と一気にテンションが上がった。私の期待どおり、おばあさんは、ボーイフレンドが15人いて、今日着ているお洋服も、帽子も、全部ボーイフレンドが買ってくれたものだと言う。そして、「フクロウ」のモチーフが大好きで、ネックレスにも、お帽子やコートにつけているバッジにも、バッグにもすべて付いている。80歳過ぎて15人のボーイフレンドかぁ、未来は明るいなぁ!

 私のご機嫌さが伝わったのであろうか。今度は身の上話を始めた。夫が自分の友人と浮気したので離婚して、そこから20年一人で頑張って生計を立てているというお話。静かな公共交通機関の車内で話すような話ではないが、事が事だけに、真剣に聞く以外の方法がなかった。
 私がしんみりしていると「板チョコレートを2枚持っているから、1枚差し上げるわ!」と唐突に言い出した。「えっ、大丈夫ですよ」と言ったものの、引きそうにないので、会社の方からいただいたお菓子を交換で渡すことにした。「まあ、お菓子の交換ぐらいはいいか」と思った私であったが、この数分後に混乱と後悔をすることになる。

「あっそうだ、これも二つあるから」と言って、バッグの中を探り始めた。なかなか目当てのものが無いのか、使いかけのティッシュとかハンカチとかお財布とか、バッグの中身を補助バッグに入れながら探していた。「もう大丈夫です・・・」と心の中で思っていたが、そう言えずに見守る私。
 すると、おばあさんは言ったのだ。「このバッグを差し上げるわ!」と。「え?使っているバッグですよね、今日、バッグがないと困りますよね、大丈夫です、ほんっとーに大丈夫です!」と私は必至の抵抗をした。が、おばあさんはどこ吹く風、「いいのよ、補助バッグがあるから。そんなにおっしゃるならば、500円でも1000円でもくださいな。それで十分ですから」と言ってきたのだ。欲しいわけではない、むしろ欲しくない。でも、さっき一人で苦労して生計を立てている話をきいたな、あれって前振りだったのか。時すでに遅し。もうすぐ羽田空港に到着する。私が降りるのは第2ターミナル、おばあさんが降りるのは第1ターミナル。先に降りようとする私の膝にバッグは載せられている。私は観念して、おばあさんに1000円手渡しバスを降車した。

 うん、これって押し売りじゃない?と思いました?私も思いましたとも。(笑)でも、一連の流れが面白かったので、講演料1000円ということで、たまに思い返しては「やられたなぁ」って笑っているのだ。そして、私の手元に残ったフクロウのバッグはどうなったかって?お年を召された方が好きな感じのデザイン。喜びそうな人は私の周りでただ一人しかいない。もう何も説明せずにプレゼントしたほうがいいな。お母さん、いつも本当にありがとう!

文・谷村 亜希子 (たにむー)

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