20号掲載
オイラは猫である。名前はシャムちゃん。
もちろん、自分で名乗っているわけではない。
ホテル太平温泉の人たちはオイラのことをそう呼んでいる。毛がシャムっぽい色で、目が少しだけ水色っぽい。つまりシャム猫っぽい。
安易だなぁ。
オイラがホテル太平温泉に来たときは、初代看板猫『ぷーちゃん』がいた。『ぷーちゃん』は妊婦のときに(猫のことも妊婦というのが正しいのかは知らない)ホテル太平温泉にやって来たので、妊婦の『ぷーちゃん』。
安易だなぁ。
『ぷーちゃん』は今、ホテル太平温泉の後ろの民家の屋根の上で、1日のほとんどを過ごしている。つまり『ぷーちゃん』が引退したあと、オイラがホテル太平温泉の3代目看板猫に就任したのだ。なぜ、初代からいきなり3代目かというと、その間にもうひとり(もう1匹)2代目看板猫『しんちゃん』の存在を書かなくてはなるまい。『しんちゃん』は初代看板猫の『ぷーちゃん』がいるにも関わらず、ホテル太平温泉に入り込み、しかも敷地内ではなく、ホテルのロビーにまで入り込み、ロビー猫として看板を背負っていたらしい。『ぷーちゃん』がいるのに看板猫の座を奪った『新参者』ということで、そう『しんちゃん』。安易だなぁ。
『しんちゃん』は国体の年に猫好きの人のところにもらわれて行った。国体の選手やスタッフの中に猫アレルギーの人がいるかもしれないので、関係者からNGが出たのだ。
オイラは『しんちゃん』とは面識がないのだがなかなか気の強い強者だったらしい。ちなみに『しんちゃん』は女の子だ。気の強い強者という表現でオス猫をイメージした皆さん、
安易だなぁ。
オイラも仕事ぶりでは『しんちゃん』に引けを取らないはずだ。オイラは仕事熱心なので、大方のお客さま、スタッフに挨拶をする。
お客さまの中にも、スタッフの中にも無類の猫好きが多く、特別オイラのことをかわいいと思ってくれる人は猫愛があふれていて解るので、特別に「にぃやぁ~うぉん」と言ってやる。猫なで声とはよく言ったものだ。普通の人には「にやー」だ。
お腹がすくと温泉側から本館に入る自動ドアのセンサーの下に行って、尻尾をフリフリすると自動ドアオープン。厨房入り口までは廊下をまっしぐら。厨房のドア前で「ぐお~わぁん「(ごはん)と言うと、厨房の外の勝手口から外に出してもらって、ごはんをもらえるというシステムだ。まぁ、このシステムもオイラが考えた。我ながら仕事がデキる。たまに余裕があるときは、本館2階まで階段を上がり、スタッフが追いかけてくるので、ときどきふり返り「鬼さん、こちら♪」と追いかけっこの相手をしてやっている。みんな、楽しそうだ。お客さまにも常におもてなしの心で接しているので、オイラ目当てのリピーターも増えている。なかなか売り上げに貢献しているのだ。
次なる野望はフロントの看板猫。フロントの中に入りたい。でも、あそこは結界が張られている気がするのだ。ホテルの中枢部。あそこに入るためにオイラは今、目下特別トレーニング中。まずは駐車場で待機。お客さまの車をお出迎え。何なら雨の日は、傘を差し掛けて差し上げたいぐらいだが、猫に免じて気持ちだけでお許しいただきたい。それから、車から玄関までお客さまをご案内。ホテルフロントへご案内。温泉へ向かうお客さまには渡り廊下を温泉までご案内。そして、一番心がけているのは、団体さまや満室でお客さまが多いとき、忙しい時間帯にはごはんをもらいに行かないということだ。心配りができるということは、猫界においても大事なことで、オイラも自分の利益や楽しみを優先させるのではなく、ホテル太平温泉のことを考え、看板猫として寄り添っていこうと思っている。成長したオイラのことを社長もさぞ頼もしく思っていることだろう。野望が叶う日も近い・・・かも。
文・上井七穂
ホテル太平温泉で働きながら、ライフワークとして自己尊重感を高めるトレーニング『ほめ日記』のインストラクターとして活動しています。ホテルの日常や「ほめ日記」のことをお伝えしていきます。
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