クリスマスチキン

22号掲載

母は料理上手だった。父はよく、友人や職場の人を招いて、食事会を開いたものだ。普通の家なのにちょっとした旅館や飲食店のように茶碗皿が揃っていた。刺身、前菜、酢の物、焼き物、揚げ物、煮物、ご飯、汁物、香物、デザートまで人数分の調理をしていた母は、晩年に獲った調理師の資格を持っていたものの、普通の家庭の主婦にしては、本当に料理が好きで、それだけではなく人が好きだったのだと思う。
一階の和室の障子を外し、畳の間を二部屋使って、二十人ほどの宴会は普通にやっていた。そういえば、テーブルもいくつも同じものがあり、それを繋げて宴会場にしていた。家族はもちろん母の作るご飯が大好きだったし、私の友人の中には母のハヤシライスが好きで、ときどき食べに来て残りをもらって帰る子もいた。うちに泊まった翌朝の朝食が楽しみだという子もいた。町内会で仲良しだった両親の友人たちは、しょっちゅう夕食時を狙ってやって来ては、母が作る夕食にありついていた。母は「家族四人で分ける予定だった豆腐を八人に分けるだけよ~。」と、急な来客にも嫌な顔一つせず、心からのおもてなしを楽しんでいた。
そんな家庭で育った私は幸せだったなぁと、今しみじみ思う。当たり前ではなかったのだ。父は昭和一桁生まれの絵に描いたような九州男児だったが、「お母さんの料理は世界一じゃ。」と公言して照れもせず、ご飯を美味しい美味しいと食べた。父も幸せで、母も幸せだったと思う。幸せな家庭で育ててもらったのだとこの歳になってたびたび振り返る。私も幸せだったのだ・・・というと、過去形になってしまうので、私も幸せだ・・・にしておこう。母のレシピを自分のものにできていないものもあるが、私も自分の人生を全うするまでの間に、少しでも母に近づきたい。ちなみに弟は料理人になった。これも、母の影響だと思う。
ホテル太平温泉の食事は家庭料理。地元で獲れた食材に手間暇かけて、心を込めた、おふくろの味を提供している。季節の旬の食材を大切に四季折々の行事食も味わっていただける。桃の節句にはちらし寿司とお澄まし、冬至にはかぼちゃの煮物などと行事食も豊富だ。長期出張のお客様などは、きっとご家庭のご飯を思い出されるのではないかと思う。信じられないかもしれないが、夕食が常連さんだけのときには、「カレー食べたい。」というお客様のリクエストに応えて、メインがカレーの日もある(笑)。そのカレーも今は隠居している大女将直伝のカレーだ。
ちょうど一年前のクリスマスに忘れられない出来事があった。その日はクリスマスに因んで、メインはローストチキンだった。たまたま私が厨房とホールを担当した日で、ふと、母がクリスマスにしてくれていたことを思い出した。チキンの足の骨の部分をホイルで包んで、リボンを巻きたいと調理長と社長に相談したところ、「お好きにどうぞ。」とのことだった。私はワクワクしながら、事務所にストックしてある贈り物用のリボンを切り分けた。母がクリスマスのチキンに結んでくれていた、幅二センチぐらいの柔らかい生地の赤いリボンがあった。それを、お客様の人数分準備して、チキンの足の部分をホイルで包み、赤いリボンを結んでお出ししたのだ。当時、長期に渡りお泊まりいただいていた車椅子のご婦人Kさんも食堂に入って来られた。ご夕食を提供すると「わぁ~!」と声を上げられた。「チキンに赤いリボンが付いてる! ステキ!」私もうれしくなり、母との思い出話を聞いていただいた。「ごゆっくりどうぞ。」とテーブルを離れ、それからしばらくして「ご馳走様。」と食堂をあとになさるKさんをお見送りに出ると、「あんまりうれしかったから、記念にいただいて帰るわね。」と、チキンの足に巻いてあった赤いリボンを、ご自身のお財布のファスナーの部分に括り付けていらした。「え~っ、油やソースが付いていませんか~。そんな大事にしていただくようなものでもありませんが・・・」と言うと、「貴女の気持ちがうれしかったのよ。」と微笑んで食堂をあとになさったのだ。うれしかった。
接客しているとこんなふうに、お客様と心が通い合う瞬間がある。私の思いを受け取っていただけたり、解っていただけたり、それがまた少しでも、お客様の気持ちを明るくしたり、ホテル太平温泉に泊まって良かった、ご飯を食べてよかった、この人に会えてよかったと思ってもらえるなら、なおうれしい。
父や母が残してくれたものがちゃんと私の中に生きていて、今も私をワタシらしくしてくれている。一年が終わり、次の新しい一年がやって来る。さぁ、またワタシらしく歳を重ねよう。


文・上井七穂
ホテル太平温泉で働きながら、ライフワークとして自己尊重感を高めるトレーニング『ほめ日記』のインストラクターとして活動しています。ホテルの日常や「ほめ日記」のことをお伝えしていきます。

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